人間とサラブレット
上記でも書いたように、サラブレットにとって競馬は命がけの勝負です。それでは、どのようにしてサラブレットになるのでしょうか。このように多くの人の手間と馬の命が関わっているからこそ、競馬は魅力的なのかもしれませんね。そもそもサラブレットとは具体的にどのような意味を持つのでしょうか。サラブレットとは、競走のために品種改良された軽種馬です。現在も、競馬のみを目的とし、人が創り出した最高の芸術品とも呼ばれています。基本的にサラブレットはサラブレットのみの血統をもつ馬であり、厳格な審査が行われています。
そのため、速くて強い馬が生まれるのです。生まれて半年くらいで、親元から引きはなされ、2歳になるころから調教を受けます。そしてその後競走馬として活躍することになるのです。その後引退することになると、子供が生まれます。そのため、父の引退後、数年で子供の活躍を見ることができるのです。人はその血統に感動を覚えるのでしょう。そして、それは生き物ならではの感動であり、そこにはドラマがあるのです。しかし、親の血を引いていても速かったり強い馬ではないケースや逆に親はそうではないのに、子供は強かったり速かったりする場合もあるようです。劣勢遺伝などの関係もあるようです。しかし私はサラブレットはかわいそうであるとも思います。簡単に言えば人間のエゴが作り出した生き物だと思います。無理矢理交配を繰り返したサラブレットに、自分の意志による生や命はあるのでしょうか。
サラブレットは競馬がなければ、生まれなかった馬たちです。過度の辛いトレーニングやレースで走ることに、馬もストレスを感じているのではないでしょうか。サラブレットは経済動物にすぎないのでしょうか。と悲しい現実を感じてしまいます。ですが、あまりこういうことを問題点にしてしまうと、じゃあ牛や豚はってなってしまうと思います。しかし人間はサラブレットを愛しており、とても難しい問題だなと思います。またサラブレットによる騎手たちの事故もあり、人間においても競馬はまさに命がけなのです。